JR三木駅からすぐの三木城跡は今は公園になっていますが、戦国時代に激戦が繰り広げられる舞台となりました。
織田信長の命令で中国地方に進軍していた羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は、敵方であった三木城を包囲し、「三木の干殺し」といわれる兵糧攻めを2年にかけて行います。
やがて城主の別所長治は降伏し、自分の命と引き換えに城兵の命を助けることを条件に自害しました。
その三木城の包囲中に病死したのが、秀吉の軍師で
あり信長からもその軍略で一目置かれた竹中半兵衛です。
彼の墓も三木市内にあります。
天才的な軍才を持ちながらも無欲で淡白な生き方をした彼は、黒田官兵衛とともに軍師として秀吉の覇業を支えました。
場所は高砂市に移り、JR宝殿駅からすぐにある「生石神社」では、巨石が宙に浮いているかのように見える不思議な感覚を味わえます。
別名「石の宝殿」とも呼ばれ、誰が何のために作ったのかも分かっていないそうです。